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静岡地方裁判所 昭和42年(ワ)159号 判決 1969年4月17日

原告

増田周作

ほか二名

被告

浅井雅司

ほか一名

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は、「被告両名は、連帯して原告増田周作、同増田きぬに対し各金六〇万円、原告山嵜しづに対し金九〇万円および右各金員に対する昭和四一年七月二五日から右支払い済みにいたるまでそれぞれ年五分の割合による金員を支払うこと。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決、ならびに、仮執行の宣言を求め請求の原因としてつぎのように述べた。

一、被告浅井雅司は普通乗用自動車(登録番号静岡5ら5743)を保有するものであり、被告浅井ミツ子はその妻であるところ、昭和四一年七月二四日午後六時一〇分頃被告浅井ミツ子が右自動車を運転し、静岡市馬渕四丁目一二番三一号地先路上を大浜公園方面より宝台橋方面に向け北進中、折から宝台橋方面より大浜公園方面に向けて進行してきた訴外亡山嵜優運転の自動二輪車(登録番号1静と6439)と衝突し、右優および右自動二輪車の後部座席に同乗していた訴外亡増田忠一は路上に転倒し、右事故により優は同所において胸部腹部内臓破裂等により即死し、右忠一は同市馬渕三丁目二番三五号高部外科医院に収容されたが、頭部挫傷等と診断され、意識不明の状態を続けたのち同年八月一日午後一〇時四〇分頃同医院において死亡した。

二、右事故当時は、降雨中で路面がスリップしやすい状態であつたから、自動車運転者としては前方をよく注視し、かつ、いつでも停車することのできる速度と方法で進行すべき業務上の注意義務があるのに拘わらず、被告ミツ子はこれを怠り漫然と進行し、ちようどその頃同所を対向進行してきた優運転の自動二輪車を前方約三〇米に発見し、あわてて急制動をかけたが間に合わず、かつ進行方向左側に約二米の間隔があり、すみやかにハンドル操作をすれば左に避譲し得る道路状況にあつたのに、右避譲措置をとらずそのままの進路で進行したため右衝突事故を惹起したものである。

三、原告増田周作、同増田きぬは右忠一の父母であり、原告山嵜しづは右優の母であり、それぞれ右忠一および優の死亡により同人らの権利義務を相続したものであるから、被告ミツ子は民法第七〇九条により、被告雅司は自己の保有する自動車を自己のため運行の用に供したものとして自動車損害賠償保障法第三条により連帯して原告らが右事故により蒙つた後記損害を賠償すべき責任がある。

四、(損害額)

(一)  亡忠一は、原告周作、同きぬ間の三男で、当時満二〇才の健康な男子として、吉村商事こと吉村正夫方に自動車運転手として勤務し、平均月収金三万六千円を得ていたから、その平均余命年数四八・四七年(厚生省発表第一〇回生命表参照)に照らし、右事故なかりせば向後少くとも四〇年間は少くとも平均一ケ月当り三万六千円を下らない額の収入を得たことが確実に予想される。そこで、本人の生活費として収入の三割を計上すれば、一ケ年当りの純収入は三〇万二、四〇〇円となるから、その四〇年間にわたる純収入をホフマン式計算法により民法所定の年五分の割合による中間利息を控除して事故当時の一時払い額に換算すると(302,400×21.6426(利率5%、期数40の単利年金現価率))なる算式により金六五四万四、七二二円となる。

右金額が亡忠一のいわゆる逸失利益の損害であるところ、忠一の相続人は両親たる原告周作および同きぬの両名であるから、同原告らはその各二分の一の各金三二七万二、三六一円を相続により取得したものである。また亡忠一は前途ある青年の身で花咲かぬまま死亡したのであつて、その精神的苦痛に対する慰藉料としては、最少限度の額としても金一〇〇万円を下らないから、前同様右原告両名が相続により各金五〇万円を取得した。さらに、愛児を失つた両親たる右原告両名の自身の精神的苦痛に対する慰藉料としては各金五〇万円が相当であるから、原告周作、同きぬの被告らに対する損害賠償請求権は以上合計各金四二七万二、三六一円となる。

(二)  亡優は、原告しづおよび亡山嵜球一の間の三男で、当時満二〇才の健康な男子として、豊商事こと趙衍方に自動車運転手として勤務し、平均月収金二万七千円を得ていたから、その平均余命年数四八・四七年(厚生省第一〇回生命表参照)に照らし、右事故なかりせば向後少くとも四〇年間は少くとも平均一ケ月当り二万七千円を下らない額の収入を得たことが確実に予想される。そこで、本人の生活費として収入の三割を計上すれば、一ケ年当りの純収入は二二万六、八〇〇円となるから、その四〇年間にわたる純収入をホフマン式計算法により民法所定の年五分の割合による中間利息を控除して事故当時の一時払い額に換算すると、前同様の算式により金四九〇万八、五四二円となる。

右金額が亡優のいわゆる逸失利益の損害であるところ、優の相続人は母親たる原告しづのみであるから、同原告が右金額全部を相続により取得したものである。また右優の精神的苦痛に対する慰藉料としては金一〇〇万円を下らない額が相当であつて、前同様原告しづが相続によりこれを取得した。さらに、夫を失つたあと将来のすべての期待をかけていた愛児に突然の事故で先立たれた母親たる原告しづの精神的苦痛に対する慰藉料としては金五〇万円が相当であるから、同原告の被告らに対する損害賠償請求権は以上合計金六四〇万八、五四二円となる。

五、原告らは、本訴提起後自動車損害賠償保障法に基く保険金として原告周作、同きぬにおいて計二二五万円、原告しづにおいて計二二五万円を受領したので、これを右損害額に充当し、残額のうちから、被告両名に対し、原告周作、同きぬにおいて各金六〇万円(忠一よりの相続分のうちから各五〇万円、固有の慰藉料のうちから各一〇万円)、原告しづにおいて金九〇万円(優よりの相続分のうちから金八〇万円、固有の慰藉料のうちから金一〇万円)および右各金員に対する本件事故発生の日の翌日である昭和四一年七月二五日から右各完済にいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める。

被告ら訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決を求め、答弁として「原告主張の請求の原因第一項の事実は認める。同第二項の事実は否認する。同第三、四項は争う。」と述べ、抗弁として、「被告ミツ子は本件交通事故につき何らの過失もない。すなわち、亡増田忠一、同山嵜優が乗車していた自動二輪車が暴走し、被告ミツ子の運転する自動車に衝突し、転倒したものである。また、被告両名は、本件自動車運行に関し何らの不注意もなく、右自動車に構造上の欠陥、または機能の障害はなかつたものである。」と述べた。

〔証拠関係略〕

理由

一、原告主張の請求の原因第一項の事実は、当事者間に争いのないところである。

二、そこで、右交通事故発生の原因について審究するのに、〔証拠略〕を総合すると、右事故現場付近の道路は、市内馬渕方面から大浜方面に北南に通ずる直線で見透しよく、幅員は約九米あるが、歩車道の区別はなく、そのうち西側約二米は下水路をコンクリートで暗渠とした部分となつており、東側の幅員約六・六五米のアスファルト舗装部分と含めて車輛の通行が可能となつているが、それよりも心持ち低目となつていること、右道路の両側には店舗人家が密集しており、交通量もかなり多いため四〇粁の速度制限のあるところであり、しかも当時降雨のため右アスファルト舗装部分はスリップし易い状態にあつたこと、被告浅井ミツ子は当時右道路の左側部分を時速四〇粁以内の速度で北進してきたところ、対向して時速四〇粁位の速度で進行してくる普通乗用自動車二台を追越そうとして道路の中央よりも一米位右側(西側)部分を時速五〇粁ないし六〇粁位の高速度で進行してくる訴外山嵜優運転の自動二輪車をその手前六〇米位のところで発見したので危険を感じアクセルペタルをゆるめて時速三五粁ないし三〇粁位におとしたが、右側には若干余裕があり、左側は前記の如くコンクリート部分で通行人もあつたので、心持ち左にハンドルを切つただけで進行してこれとすれ違おうとしたこと、ところが右自動二輪車が被告ミツ子の斜め右前方一六米位の個所に迫りその先行車の二台目を追抜いた態勢になつた際、右二輪車が突然スリップして右側(西側)に横転しそうになつたので、被告ミツ子は突嗟に急ブレーキをかけハンドルを左に切つて急停車の措置をとつたところ、殆んど停車するのと同時位に右二輪車が倒れかかつた態勢のまますべつてきて右ミツ子の乗用車の右前部に衝突し、乗つていた右優と右二輪車と後部座席に同乗していた訴外増田忠一が右乗用車の下にのめり込むように重つて転倒し、二輪車はその左前方道路東側端寄りにはねとばされたものであることを認めることができ他に右認定を左右する証拠はない。

してみると、被告ミツ子としては、最初右優運転の自動二輪車を発見した際、やや速度をおとしハンドルを心持ち左へ切れば右自動二輪車とすれ違いできると判断して進行したところ、その直前にいたつて突然右二輪車がスリップして横転しそうになつてきたため、急停車の措置をとるも間に合わずにこれと衝突するにいたつたもので、同女としてはかような事態を全く予期しなかつたものである。(通常の自動車運転者にかような事態の起ることまで予期して予め急停車ないしはさらに道路の左側端寄りに自車を寄せて進行する等の措置をとることまで要求するのは相当でない)から、同女には自動車運転上の過失は認められず、右事故は、一にかかつて前記の如き道路および交通状況をもかえりみず高速度で先行車の追越しをかけ、道路の中央よりも右側部分にはみでて進行してきた右優の過失に基因するものといわざるを得ない。

三、しかして、〔証拠略〕によれば、右ミツ子の運転していた普通乗用自動車には、構造上の欠陥または機能の障害がなかつたことが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。

四、以上の次第で、被告ミツ子には本件交通事故の発生につき過失はなく、また被告浅井雅司には自動車損害賠償保障法第三条但書所定の免責事由のあることが明らかであるから、原告らの主張はその余の点について判断するまでもなくこの点において理由がないものといわねばならないから、本訴各請求は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民法訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高橋久雄)

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